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ワークショップコレクション

ワークショップコレクション(WSC)


▼待ち列対応(並んでからワークショップが始まるまで。最大30分、最大10人+保護者)
待ち列の対応は、10人そろってから始められるとは限らない。
また、並んでいる途中で、列を抜ける可能性もある。
1対1かつ短時間でできる、柔軟性のある企画が必要。
用意する企画は3〜5個程度。

「今日から君は、宇宙飛行士だ」
「スペースシャトルに乗って宇宙に行くために、訓練をしよう!」
【企画案】
①宇宙飛行士のクイズ
②片足で立ってお手玉(スペースXより着想)
③太陽系めんこを並べよう(段ボールで作っためんこを、太陽系の順番に並べる)

【!】机の高さ問題


▼ワークショップ(30分、10人)

宇宙飛行士の服(のようなもの)に着替える
子どもの気分を盛り上げる。保護者に写真の思い出

「先輩宇宙飛行士の古川さんに挑戦してみよう!」
①普通に組み立てて練習
②水中を無重力空間に見たてて、古川さんに挑戦

【!】年齢別に組み立て方法を3パターンほどに分ける。
【!】レゴが水の上に浮いて、空気中で組み立ててしまうのでは?


▼WS後のサポート
毎日の訓練や課題を記録する「ミッション・ジャーナル」を進呈
【内容案】「打ち上げまでのカウントダウン」
10宇宙飛行士クイズ全問正解
⑨片足で立ってお手玉5回
⑧太陽系めんこを並べよう
⑦レゴで衛星を組み立てよう
⑥水中でレゴを組み立てて、古川さんに挑戦しよう





この中に、Next10人のミッションや水中レゴ、未来館につながるミッションを盛り込む


▼太陽系めんこ
【大きさ(直径)の比較】
太陽  109倍  
水星  0.38倍     6.84mm
金星  0.94倍     16.92mm
地球  1倍   18mm
火星  0.53倍     9.54mm
木星  11.2倍     201.6mm
土星  9.45倍     170.1mm
天王星 4倍          72mm
海王星 3.88倍     69.84mm

検証・まちなか

新しいプロジェクトを立ち上げる。

その名も「検証・まちなか」

二重被爆CMTG

①小冊子「尾鷲にも戦争があった」作成
 17日(月)校正
 17日の週に印刷お願い

②講演会の話し手を決める
 安部一美さん
 森本一利さん
 糸川昭二さん
 神保幸子さん

③講演会の進行役を決める
 上村さん
 世古さん
 七見さん

④広告戦略
 5月31日(月) 記者会見
 老人クラブ連合会での販売
 ポスター、A4チラシ
 ブログで告知

⑤ポスター、チラシを注文する

⑥A4チラシ、チケット作成
 4月20日(木)まで

⑦チラシに載せる情報
 日時
 場所
 内容
 料金
 チケット販売

⑧チケット販売
 スケール
 矢浜公民館
 熊野古道センター
 クリーム
 妙長寺
 夢古道おわせ
 (千や)
 (カッパ倶楽部)
 (Wink)

小冊子「尾鷲であった戦争」

【時系列で見る尾鷲の戦争】
①東南海地震・津波
 1944(昭和19)年12月7日午後1時36分
 P (2):郡役所に突っ込んだ写真、上空写真
 Fig(1):尾鷲周辺の地図(浸水場所、船が突っ込んだ場所を示す)
 北川に船が2隻突っ込んだ。
 安部さん「家とか船とか沖にいっぱいだった」
 ▶人:森本一利さん(85)体験談

②B29の集結
 1944(昭和19)年12月13日
 P,Figなし(さらっと)
 中部、近畿地方へ空爆に向かうB29(1機)が初めて尾鷲上空を通過。
 その後は毎晩のように300〜400機が集結した。

 海山の空襲
 1945(昭和20)年3月

③中川牧場への空爆
 1945(昭和20)年4月7日
 P (1):爆弾が落ちた中川の現在の写真
 Fig(1):中川牧場の位置を示す地図
 初めての空爆。1回目は海岸沿いに11発、2回目は中川に12発を投下。
 中川牧場の主人が爆死。子どもは両足がなくなった。
 2人が死亡、数人が負傷、乳牛12頭が犠牲になった。
 牛舎を軍需工場に見間違えたのか、機体を軽くするために残った爆弾を捨てたのか原因はわからない。
 2回目の空爆は向井と北側沿いに投下。向井の山道で一人死亡。山火事が発生した。

④三野瀬駅の汽車襲撃
 1945(昭和20)年7月25日
 P (2):山本さんの語る現在の写真、大漁旗作りの写真
 三野瀬駅に停車していた上下線の2列車に機銃掃射。
 死傷人数は13人(紀伊長島の記録)、60人(尾鷲市の記録)
 ▶人:山本昇吾さん( )尾鷲市●町 三野瀬駅で機銃掃射された

⑤駒橋の奇襲攻撃
 1945(昭和20)年7月28日午前7時ごろ
 P(6):駒橋座礁、第45海防艦座礁、駒橋、各人の写真
 尾鷲湾に配備された「海軍熊野部隊」 
 ▶人:安部一美さん( )尾鷲市南陽町 第10昭和丸の乗組員
 ▶人:神保幸子さん( )尾鷲市●町  通信員で空襲を経験
 ▶人:内山雄視さん( )尾鷲市光ケ丘 防空監視員


【ヒアリング座談会】(3P)
 戦争経験者の生の声を聞き、当時の生活をひも解く

⑥食料
 P(1):女性が開墾
 米俵を赤ん坊に見せかけて運んだ
 学校の校庭や山の頂上まで開墾した
 海藻をふやかして食べた

⑦防空壕での生活
 P (1):中村山防空壕
 Fig(2):目と耳を押さえる、赤ちゃんをあやす
 梅雨時は雨漏りがひどかった。
 蒸し暑く息苦しかった。
 赤ちゃんを泣かないようにさせるのが大変だった

⑧訓練の様子
 P(1):バケツリレーの練習風景
 Fig(1):「カツオ釣りか!」
 バケツリレーによる消火活動の練習
 竹槍、なぎなたの練習
 憲兵の怖さ


【現在も残る戦争の傷跡】
⑨防空壕マップ
 P(●):現在の防空壕を撮れただけ載せる

⑩今も残る戦争の傷跡
 P(3):各1枚ずつ
 三野瀬駅の汽車襲撃での弾痕
 三木崎灯台の空襲での弾痕
 慰霊碑

⑪戦争を調べる資料紹介


【付録】

⑫年表(尾鷲市史などを情報源とする)

小冊子「尾鷲であった戦争」

【時系列編】
 年表を作成(尾鷲市史などを情報源とする)

①地震・津波
 1944(昭和19)年12月7日午後1時36分
 P (2):郡役所に突っ込んだ写真、上空写真
 Fig(1):尾鷲周辺の地図(浸水場所、船が突っ込んだ場所を示す)
 北川に船が2隻突っ込んだ。
 安部さん「家とか船とか沖にいっぱいだった」
 ▶人:森本一利さん(85)体験談

②B29の集結
 1944(昭和19)年12月13日
 P,Figなし(さらっと)
 中部、近畿地方へ空爆に向かうB29(1機)が初めて尾鷲上空を通過。
 その後は毎晩のように300〜400機が集結した。

 海山の空襲
 1945(昭和20)年3月

③中川牧場への空爆
 1945(昭和20)年4月7日
 P (1):爆弾が落ちた中川の現在の写真
 Fig(1):中川牧場の位置を示す地図
 初めての空爆。1回目は海岸沿いに11発、2回目は中川に12発を投下。
 中川牧場の主人が爆死。子どもは両足がなくなった。
 2人が死亡、数人が負傷、乳牛12頭が犠牲になった。
 牛舎を軍需工場に見間違えたのか、機体を軽くするために残った爆弾を捨てたのか原因はわからない。
 2回目の空爆は向井と北側沿いに投下。向井の山道で一人死亡。山火事が発生した。

④三野瀬駅の汽車襲撃
 1945(昭和20)年7月25日
 P (2):山本さんの語る現在の写真、大漁旗作りの写真
 三野瀬駅に停車していた上下線の2列車に機銃掃射。
 死傷人数は13人(紀伊長島の記録)、60人(尾鷲市の記録)
 ▶人:山本昇吾さん( )尾鷲市●町 三野瀬駅で機銃掃射された

⑤駒橋の奇襲攻撃
 1945(昭和20)年7月28日午前7時ごろ
 P(5):駒橋座礁、第45海防艦座礁、駒橋、安部さん、神保さんの写真
 米軍のグラマン戦闘機が6機編成で佐波留島上空に現れ、
 3機は尾鷲湾、3機は須賀利湾の鑑定に奇襲攻撃
 午後4時ごろまで30分間隔で波状攻撃。気銃弾の雨とロケット爆弾を投下してきた。
 軍艦「駒橋」は爆弾を受け浸水。沈没を免れるために国市の浜に座礁した。
 第45海防艦も大破し、天満浦・古里の浜に座礁した。
 尾鷲の住民は中村山防空壕をはじめ各避難所に避難。須賀利の住民は裏山に避難した。
 戦闘で即死した戦死者は72人で、重軽傷者は250人。
 「尾鷲小学校が野戦病院に」
 負傷者は中村山の防空壕内で応急手当を受け、尾鷲国民学校(現尾鷲小学校)に収容された。
 十分な治療ができず死者が続出し、死者は147人にのぼった。
 足がないのに「立たして」
 ▶人:安部一美さん( )尾鷲市南陽町 駒橋の奇襲攻撃のときの第10昭和丸の乗組員
 ▶人:神保幸子さん( )尾鷲市●町  通信員で空襲を経験

【生活編】
 座談会の生の話がおもしろかったので、そのまま会話調で載せます。

⑥食料
 P(1):女性が開墾
 米俵を赤ん坊に見せかけて運んだ
 学校の校庭や山の頂上まで開墾した
 海藻をふやかして食べた

⑦防空壕での生活
 P (1):中村山防空壕
 Fig(1):目と耳を押さえるようす
 梅雨時は雨漏りがひどかった。
 蒸し暑く息苦しかった。
 赤ちゃんを泣かないようにさせるのが大変だった

⑧訓練の様子
 P(1):バケツリレーの練習風景
 バケツリレーによる消火活動の練習
 竹槍、なぎなたの練習
 憲兵の怖さ

【現在編】
⑨防空壕マップ
 P(●):現在の防空壕を撮れただけ載せる

⑩今も残る戦争の傷跡
 P(3):各1枚ずつ
 三野瀬駅の汽車襲撃での弾痕
 三木崎灯台の空襲での弾痕
 慰霊碑

⑪戦争を調べる資料紹介

東南海地震・津波の話

森本一利さん(85)祝子さん(82)夫妻
2010年4月

東南海地震での津波の話

午前中の仕事を終えて昼休みのころ、揺れは襲った。
「しこを踏むように踏ん張らないと倒れそうやった」。

仕事場の2階の踊り場に備えてあった防火水槽が、
地震で倒れて滝のように水が流れてきた。

外に避難すると、
コンクリートではない土砂の道が揺れででこぼこに変化し、
腰を抜かしたおじいちゃんが四つん這いではっていた。

午後の仕事は休みになり、中村山の上に避難した。
山の上から津波が押し寄せるようすを固唾をのんで見守った。
「天満浦の防波堤がいっぺんにすぽっとなくなった」。
それだけ一気に海面が上昇した。

尾鷲湾内に停泊していたカツオ船が陸に乗り上げ、多くの家がつぶされた。
当時は長久丸冷蔵の土地に紀州ミカンの缶詰工場があり、
湾内に波にさらわれたミカンが浮いて、黄色い渦を巻いていたという。

家がつぶれたとき、土壁の土が煙のように上がった。
「ものすごい景色やった」と振り返る。
煙がなくなるのを待って、位牌を取りに帰った人が大勢いたが、
その多くは第2波にさらわれてしまった。

小冊子「尾鷲であった戦争」をまとめる

【時系列編】
①地震・津波
 1944(昭和19)年12月7日午後1時36分
 P (2):郡役所に突っ込んだ写真、上空写真
 Fig(1):尾鷲周辺の地図(浸水場所、船が突っ込んだ場所を示す)
 北川に船が2隻突っ込んだ。
 安部さん「家とか船とか沖にいっぱいだった」

②B29の集結
 1944(昭和19)年12月13日
 P,Figなし(さらっと)
 中部、近畿地方へ空爆に向かうB29(1機)が初めて尾鷲上空を通過。
 その後は毎晩のように300〜400機が集結した。

③中川牧場への空爆
 1945(昭和20)年4月7日
 P (1):爆弾が落ちた中川の現在の写真
 Fig(1):中川牧場の位置を示す地図
 初めての空爆。1回目は海岸沿いに11発、2回目は中川に12発を投下。
 中川牧場の主人が爆死。子どもは両足がなくなった。
 2人が死亡、数人が負傷、乳牛12頭が犠牲になった。
 牛舎を軍需工場に見間違えたのか、機体を軽くするために残った爆弾を捨てたのか原因はわからない。
 2回目の空爆は向井と北側沿いに投下。向井の山道で一人死亡。山火事が発生した。

④三野瀬駅の汽車襲撃
 1945(昭和20)年7月25日
 P (2):山本さんの語る現在の写真、大漁旗作りの写真
 三野瀬駅に停車していた上下線の2列車に機銃掃射。
 死傷人数は13人(紀伊長島の記録)、60人(尾鷲市の記録)
 人:山本昇吾さん( )尾鷲市●町 三野瀬駅で機銃掃射された

⑤駒橋の奇襲攻撃
 1945(昭和20)年7月28日午前7時ごろ
 P(5):駒橋座礁、第45海防艦座礁、駒橋、安部さん、神保さんの写真
 米軍のグラマン戦闘機が6機編成で佐波留島上空に現れ、
 3機は尾鷲湾、3機は須賀利湾の鑑定に奇襲攻撃
 午後4時ごろまで30分間隔で波状攻撃。気銃弾の雨とロケット爆弾を投下してきた。
 軍艦「駒橋」は爆弾を受け浸水。沈没を免れるために国市の浜に座礁した。
 第45海防艦も大破し、天満浦・古里の浜に座礁した。
 尾鷲の住民は中村山防空壕をはじめ各避難所に避難。須賀利の住民は裏山に避難した。
 戦闘で即死した戦死者は72人で、重軽傷者は250人。
 人:安部一美さん( )尾鷲市南陽町 駒橋の奇襲攻撃のときの第10昭和丸の乗組員
 人:神保幸子さん( )尾鷲市●町  通信員で空襲を経験

⑥尾鷲小学校が野戦病院に
 P(0):なし
 足がないのに「立たして」
 中村山の防空壕でフジイトシ先生(?)が活躍
 負傷者は中村山の防空壕内で応急手当を受け、尾鷲国民学校(現尾鷲小学校)に収容された。
 十分な治療ができず死者が続出し、死者は147人にのぼった。

【生活編】
⑦食料
 P(1):女性が開墾
 米俵を赤ん坊に見せかけて運んだ
 学校の校庭や山の頂上まで開墾した
 海藻をふやかして食べた

⑧防空壕での生活
 P(1):中村山防空壕

⑨訓練の様子
 P(1):バケツリレーの練習風景
 バケツリレーによる消火活動の練習
 竹槍の練習
 憲兵の怖さ

【現在編】
⑩防空壕マップ
 P(●):現在の防空壕を撮れただけ載せる

⑪今も残る戦争の傷跡
 P(3):各1枚ずつ
 三野瀬駅の汽車襲撃での弾痕
 三木崎灯台の空襲での弾痕
 慰霊碑

⑫戦争を調べる資料紹介

二重被爆上映会PJT⑥

今後やることをまとめる。。

【目標】4月12日(月) 第3回実行委員会(ヒアリング内容をまとめる)

【小冊子作り】
① ヒアリング座談会をまとめる
 ★★☆ 印象に残ったことを抽出
 ★★★ 「音声→文書」の変換
       14日まで   声かけ(尾鷲本メンバー)
       製本の日    説明会、データ手渡し
       4月1週目まで 実行
 ★★★ 情報を整理して共有
       4月2週目   コアメンバー勉強会(小冊子の内容、ページ数決定)
② 残っている人を個別にヒアリング
 ★☆☆ 誰を個別にヒアリングするか抽出
       山本倭左武(福田)
       浜田さん父(福田)
       芝山宏  (福田)
       糸川昭二 (浜野)
       内山よしお(浜野)
       松井勝嘉 (青木)
 ★★★ 実行
 ★★★ 情報共有できる文書を作成
       4月2週目   コアメンバー勉強会で共有
③ 写真集め
 ★★☆ 尾鷲小学校の資料を見せてもらう (福田)
 ★☆☆ 塩崎さんの収穫を聞く      (浜野)
  (その他情報 長野市長の息子 糸川写真館 神保幸子さんのタンスに銃弾の跡)

【小中学校授業とコラボ】
① 計画を具体化する
 ★☆☆ コラボできる人数規模を決める
 ★☆☆ 何とコラボするのかえを決める
② お願いに行く
 ★★☆ 実行
       学校教育とのコラボは端無さんが担当

【第3回実行委員会の会場設定】
 4月12日(月)午後7〜9時
 熊野古道センター・和室を予定
 ★★☆ 場所を予約する    (端無)
 ★★☆ 案内文書を作る    (端無)
 ★★☆ 実行委員会に案内する (各自)

二重被爆上映会PJT⑤

テーマ別に情報を整理してみる。

① B29の集結
 1944(昭和19)年12月13日(19日?)
 中部、近畿地方へ空爆に向かうB29(1機)が初めて尾鷲上空を通過。
 その後は毎晩のように300〜400機が集結した。

② 中川牧場への空爆
 1945(昭和20年)4月7日
 初めての空爆。1回目は海岸沿いに11発、2回目は中川に12発を投下。
 中川牧場の主人が爆死。子どもは両足がなくなった。
 2人が死亡、数人が負傷、乳牛12頭が犠牲になった。
 牛舎を軍需工場に見間違えたのか、機体を軽くするために残った爆弾を捨てたのか原因はわからない。

 2回目の空爆は向井と北側沿いに投下。向井の山道で一人死亡。山火事が発生した。

③ 軍艦「駒橋」の配備
 軍艦「駒橋」を指揮艦として、第45海防艦、第14駆潜艇、特別駆潜艇2隻の計5隻を尾鷲湾の基地に配備。
 第26掃海艇の4隻を配下に吸収し「海軍熊野部隊」を編成した。

 駒橋(1125㌧)長さは64m、幅10.7m、速力14ノット
 駆潜艇(438㌧)長さ51m、幅6.7m、速力16ノット、乗員68人
 掃海艇 西大洋漁業第18幡州丸(264㌧)

 尾鷲湾にすべての船が集まっていると攻撃目標になるので、一部は須賀利湾に分散した。
 一部の船は船首に爆薬を装填。敵の鑑定が接近した場合は体当たりする「海の特攻隊」の準備を進めていた。

④ 駒橋への奇襲攻撃
 1945(昭和20)年7月28日午前7時ごろ
 米軍のグラマン戦闘機が6機編成で佐波留島上空に現れ、3機は尾鷲湾、3機は須賀利湾の鑑定に奇襲攻撃
 午後4時ごろまで30分間隔で波状攻撃。気銃弾の雨とロケット爆弾を投下してきた。
 軍艦「駒橋」は爆弾を受け浸水。沈没を免れるために国市の浜に座礁した。
 第45海防艦も大破し、天満浦・古里の浜に座礁した。
 尾鷲の住民は中村山防空壕をはじめ各避難所に避難。須賀利の住民は裏山に避難した。

 戦闘で即死した戦死者は72人で、重軽傷者は250人。
 負傷者は中村山の防空壕内で応急手当を受け、尾鷲国民学校(現尾鷲小学校)に収容された。
 十分な治療ができず死者が続出し、死者は147人にのぼった。

⑤ 防空壕での生活
 駒橋が奇襲攻撃を受けた次の日、
 中村山の防空壕には夜明けごろから満員で呼吸困難。
 腹が減ったが朝食を炊くと煙が出るので、配給された米を生でかんだ。

⑥ 住民が消火訓練
 米軍が遠州灘から熊野灘にかけて上陸するとの噂が流れた。
 住民はバケツリレーによる防火訓練や竹槍の作成、戦闘訓練を強いられた。

⑦ 三野瀬駅の汽車襲撃
 1945(昭和20)年7月25日
 三野瀬駅に停車していた上下線の2列車に機銃掃射。
 死傷人数は13人(紀伊長島の記録)、60人(尾鷲市の記録)

 山本昇吾さんは当時尾鷲中4年生の15歳。
 松阪市の住友の軍需工場で働いていた。
 月に1回、尾鷲に帰省し、再び松阪市へ向かう途中だった。

 「助けて、助けて」。
 血だらけで顔が真っ赤の女性が、赤ちゃんを抱えている。
 額には頭上から弾薬が突き抜けた穴があり、おびただしい血が出ている。
 赤ちゃんの顔も母親の血で真っ赤に染まり、泣きじゃくっている。
 「私はもう目が見えん。子どもが大丈夫か見てくれ」。母親は叫んだ。
 「大丈夫です」。山本が答えると、母親の口元がゆるんで笑みを見せた。

 山本は母親を背負って運び警防団に引き渡した。
 尾鷲市の病院に運ばれたが、その後亡くなった。

 「弾が突き抜けているのに突っ立っとった。母親が子を思う心はすごい」。

二重被爆上映会PJT④

【第2回コアメンバーMTG】
 日程  2月6日午後8〜10時
 場所  お好み焼き店「エンゼル」
 参加者 福田 端無 浜野 青木

■ 内容
  第1回実行委員会の流れを確認する

■ 第1回実行委員会の流れ
 企画を思い立った経緯を説明
 報ステの映像を見る
 企画の説明
 (目的、内容、日程、場所、上映回数、動員目標、料金プラン)
 予算の説明
 協力してもらいたいことの説明
 今後の流れの説明
 今集まっている情報の紹介(参加型)
 ヒアリング予定の人を挙げる(参加型)

■ 目的
 ①尾鷲市で起こった戦災の事実をまとめたい
 ②子どもたちに故郷で戦争があったことを伝えたい
 ③映画「二重被爆」を多くの人に見てもらいたい

■ 内容
 ①映画「二重被爆」の上映会(60min)
 ②東紀州地域の戦争体験談を編集した小冊子の作成
 ③東紀州地域の戦争にまつわる展示
 ④戦争体験談を語る会(60min)

■ 詳細
 日程    6月中旬の土曜日(授業とコラボで来たら金、土曜日)
 場所    熊野古道センター・映像ホール(収容可能人数・100人)
 上映回数  3回
 動員目標  200人(+小中学生)
 料金プラン 前売り 1000円
       当日  1200円
       (小中学生・無料) (老人クラブ・800円(小冊子付き))

■ 予算
【支出】
 上映料金      5万円(1日複数回OK)
 場所代     3000円(後1〜5・後6〜10)6000円(前9〜後10)
 チラシ代     200円(B5・100枚)×10=2000円(1000枚)
 ポスター代    200円(B2・1枚)  ×10=2000円(10枚)
 パンフ制作代 45000円(16P・A4・300部)
        65000円(20P・A4・300部)
        75000円(24P・A4・300部)

【収入】
 客単価1000円 × 目標人数200人 = 20万円
 小冊子 300円 × 目標購買100部 =  3万円

■ 協力してもらいたいこと
 ①戦争を知る人を紹介してほしい
 ②ヒアリング取材に参加してほしい
 ③小中学生の平和教育につなげるお手伝いをしてほしい
 ④語り部をしてくれそうな人を紹介してほしい
 ⑤戦争にまつわる資料提供

■ 今後の流れ
 ■2月8日  第1回実行委員会(企画の説明)
 ■3月1週目 第2回実行委員会(ヒアリング座談会)
 ■4月3週目 第3回実行委員会(ヒアリング内容をまとめる)
 □5月中旬  小冊子のデータ完成
 □5月下旬  小冊子の印刷
 ■6月上旬  第4回実行委員会(本番前の打ち合わせ)
 □6月中旬  上映会
 (■が実行委員に関わってほしいこと)

■ ヒアリング調査
 3月上旬にできるだけ大勢の人を集めて「ヒアリング座談会」を1回開く
 座談会形式で戦争当時を振り返ってもらう
 音声、写真、映像で記録
 座談会の様子はそのまま紙面化する
 参加できなかった人は後日単独でフォローする
 4月中旬にヒアリング内容をまとめる

■ 今集まっている情報




■ ヒアリング予定の人
 老人クラブ「中陽会」
 矢浜公民館講座「すずめの学校」
 紀北町の阿部教育長のお父さん(元海軍)
 紀北平和を守る会(浜口さん・焼き物、川端守さん)
 万助屋・山本昇吾さん
 尾鷲海上保安部

二重被爆上映会PJT③

【内容】
 企画を思い立った経緯を説明
 報ステを見る
 企画の目的
 企画の内容
 企画の詳細(日程、場所、動員目標)
 やってもらいたいこと
 具体的にどう進めるか
 ヒアリングすべき人を挙げる

【ヒアリングする人】
 老人クラブ「中陽会」
 矢浜公民館講座「すずめの学校」
 紀北町の阿部教育長のお父さん(元海軍)
 紀北平和を守る会(浜口さん・焼き物、川端守さん)
 万助屋・山本昇吾さん
 尾鷲海上保安部
 
【調べたい資料】
 尾鷲市史
 旧白浦小学校の聞き取り調査

 
 

「二重被爆」上映会PJT②

【第1回MTG】
 1月22日(金)午後7時30分〜10時30分
 参加メンバー 福田 端無 浜野

 ■Idea
  体験談をまとめる範囲は実際は尾鷲だけでも、東紀州地域とPRし間口を広くする
  「小中学生は無料」「市老連は料金を半額」などターゲットを絞った料金設定
  無料の小中学生用に限定し午前中に上映する
  小中学校の授業とコラボ可能なら上映会を金、土の2日間に拡大し、金曜に呼ぶ
  小中学生には上映だけでなく、体験談も聞いてほしい
  防空壕Mapの作成

 ■今後の流れ
  24日まで  サブコアメンバー説明会の参加文書作成 → 端無
  24〜30日 文書を渡す

  
【第2回MTG】
  時間 2月8、9、10日午後7時からの選択制
  内容 サブコアメンバーを集めて説明会

 ■声を掛けるサブコアメンバー(15人くらい?)
  熊野古道センター 七見 世古 縣 高野 → 福田
  生涯学習     中央公民館 図書館  → 福田
  市老連      上村         → 福田
  矢浜公民館               → 浜野
  紀北教職員連合会            → 端無
  松井さん                → 青木

 ■内容
  企画意図を伝える
  企画内容を伝える


【第3回MTG】
 2月中旬
 実行委員会を組織する

「二重被爆」上映会PJT

【作品概要】
 1945年8月6日広島、8月9日長崎。わずか75時間、距離にして300キロしか離れていない2つの都市に原子爆弾が投下された。死者およそ20万人。現在でも30万人の人々が、原爆後遺症に悩まされている。その被爆者の中に、広島と長崎の両市で被爆した「二重被爆者」がいる。
 これまでの調査で、原爆投下後2週間以内に両市に入り、残留放射能を浴びた二重被爆者は165人、2度の原爆に直接遭遇した被爆者は9人いる事が確認された。二重被爆者の存在は歴史の中に埋もれたままで、あまり聞き取り調査はなされてこなかった。
 映画「二重被爆」は、7人の二重被爆者へのインタビューを通して原爆の悲惨さを浮かび上がらせる。
映画「二重被爆」のページ

【山口彊さん】
 1945年8月6日、出張先の広島で被爆し、その3日後、命からがら戻った長崎で再び被爆した山口彊(つとむ)さん。「二重被爆者」として核の廃絶と平和を訴え続けた。山口さんは、二度の被爆で左耳は聞こえなくなり、白血球の減少など、原爆症に苦しんだ。しかし、被爆者に対する差別や偏見は強く、家族を守るために自分が二重被爆者だと語ることはなかった。山口さんが被爆体験を語り始めたのは、終戦から60年目。きっかけは息子の死だった。

【日時】3月20日(土) 午後1〜5時 or 午後7〜8時
【場所】熊野古道センター・映像ホール(収容100人・午後1〜5、午後6〜10)
【主催】「二重被爆」上映会実行委員会

【内容】
 映画上映
 尾鷲での戦争体験者の体験談
 尾鷲での戦争体験のパネル展示
 尾鷲での戦争体験をまとめたパンフレット販売

【費用】
 上映料金      5万円(1日複数回OK)
 場所代     3000円(後1〜5・後6〜10)6000円(前9〜後10)
 チラシ代     200円(B5・100枚)×10=2000円(1000枚)
 ポスター代    200円(B2・1枚)  ×10=2000円(10枚)
 パンフ制作代 45000円(16P・A4・300部)
        65000円(20P・A4・300部)
        75000円(24P・A4・300部)

【料金プラン】
 前売り券  1000円
 当日券   1200円
 高校生    800円
 (中学生以下   無料)
 (市老連   500円)

【目標人数】200人

【前売り券の販売】カフェスケール 妙長寺

【広告】チラシ配布 ポスター貼る 知り合いに口コミ 新聞

【Idea】
 尾鷲での戦争体験者談を取材
 パンフレットにまとめる
 小中学校と連携

【地元にコミット】
 「尾鷲 巡洋艦が銃撃を受けて死傷者が出た。尾鷲の人が総出で救助」
 「熊野 列車が機銃掃射を受けて死傷者が出た」
 「サイパンに帰還するB29が、ナパーム爆弾を山に落として身を軽くした」
 「中井町周辺は水兵の駐屯に民家が割り当てられていた」
 地元での被災体験談
 写真などのパネル展示

【中陽会】
 尾鷲小の座談会の取材で出会った。
 「戦時中に津波が町を襲った」
 「中川のほとりに爆弾を落とされて多くの牛が死んだ」
 「防空壕で過ごした。塩を指につけて歯を磨いた」

【First Step】
 ■第1回MTG
 1月22日(金)午後7時30分から
 コアメンバーの情報共有
 日時、場所、料金プランの決定

 ■事務局に連絡
  1日2回の場合の値段は?
  前もって視聴したい場合は?

 ■取材活動
  市教委に資料がないか聞きにいく
  松井さんに聞き取り
  チケットの作成
  中陽会にコンタクト