続!原始重力波の痕跡の検証



宇宙の起源に迫る「原始重力波」の痕跡を確認した――。世間を揺るがした大ニュースを2カ月ほど前、「宇宙の起源に迫る! ついにとらえた「原始重力波」からのメッセージ」と題して、未来館ブログで取り上げました。この発表の真偽が今、厳しい目にさらされています。19日に米国物理学会の学会誌「Physical Review Letters」に発表された論文には、研究成果とともに“注意書き”も記されました。今回のブログでは、この発表の検証されるべきポイントを解説します。検証ポイントは以下の3つです。

①「銀河の塵の効果」が不確か
②「r比」が予想より大きい
③「限られた領域」から「全天」へ

まずは前回のおさらい

まずは前回のブログを簡単におさらいしましょう。宇宙は生まれてすぐ、急激に膨らんだと考えられています。そしてアインシュタインは予言しました。時空が歪められると、時空のゆらぎが波として伝わる「重力波」が生まれると。その宇宙が誕生した瞬間に生み出された重力波を「原始重力波」と呼んでいます。


そして、原始重力波は「宇宙の晴れ上がり」のころの若々しい光に、ある“痕跡”を残しました。それが、渦を巻いているような偏光パターン「Bモード」です。この特殊な偏光パターンを観測することで、原始重力波を間接的に観測したというのが、前回の発表の肝でした。(何言ってるか分からん!って方は、「前回のブログ」をご覧ください)


 登場する装置の紹介



次に、今回のブログで登場する2つの装置を紹介します。原始重力波の観測に挑む実験は、大きく2つに分けられます。ひとつは今回発表された実験で活躍した装置「BICEP2」のように、地上から光を観測するもの。そしてもうひとつは、打ち上げた衛星を使って宇宙から光を観測するものです。宇宙から観測する実験の代表的なものとして「プランク衛星」が挙げられます。より鮮明な宇宙マイクロ波背景放射の画像を送ってきた衛星として、聞き覚えがあるかもしれません。


検証①「銀河の塵の効果」が不確か

今回発表された論文に書かれた“注意書き”とは、このようなものでした。


今回の実験データで「宇宙マイクロ波背景放射のBモード偏光を観測した」のは確からしいです。問題は「何が原因で偏光したのか」です。実は、原始重力波だけでなく、他にも偏光させる要因が少なくとも2つあるんです!ひとつは、強い重力で光が曲げられる「重力レンズ効果」によるもの。もうひとつは、「銀河の塵の効果」によるものです。銀河の塵は磁場の影響で向きがそろっているため、反射する光の波の振動方向がそろって偏光します。


そして、先ほどの“注意書き”の「塵から放出されている可能性」というのが、「銀河の塵の効果」のことです。この塵の効果ははっきり分かっておらず、不確かな部分が多いのです。だから今回の結果について、「原始重力波の影響ではなく、銀河の塵の効果により偏光したのではないか」と疑問が投げかけられているのです。


検証②「r比」が予想より大きい

プランク衛星の実験グループが昨年、原始重力波の強さについてある発表をしました。原始重力波の強さを表すものとして「r比(スカラーテンソル比)」と呼ばれる値があります。プランク衛星の実験グループは昨年、このr比が「0.12より小さい」と発表しました。しかし、今回のBICEP2の発表では、「0.2」とし予想よりも大きな値が出ました。つまり、プランク衛星の予想よりも、原始重力波の大きさが大きいことを示したのです!

「発表を聞いてまず最初に、r比が大きいことに驚きました」

宇宙は誕生した直後に急膨張したとする「インフレーション理論」の提唱者のひとりである、自然科学研究機構の佐藤勝彦機構長は、こう話していました。このほかにも、多くの研究者がこの値の違いに注目しています。

検証③「限られた領域」から「全天」へ

もうひとつ、BICEP2とプランク衛星の実験で大きく違うことがあります。それは、観測する範囲です。地上で観測するBICEP2は、ある限られた領域からの光を詳しく観測しています。しかし、宇宙から観測するプランク衛星は、すべての方向からやってくる「全天」の光を観測しています。


プランク衛星のデータは10月にも発表か?

今回のブログでは、検証するポイントとして3つ挙げましたが、今批判にさらされている根拠は、検証①の「銀河の塵の効果が不確か」という指摘です。しかし、ご安心ください。先ほどから名前が上がっているプランク衛星は、この銀河の塵の効果も詳しく測定しているんです! そしてなんと、プランク衛星の最新のデータが、今年10月にも発表される予定なんです!


真理を探求するための道

ここまでの文章を読んで、何を感じたでしょうか? 「BICEP2の発表は間違い!?」のような記事も見かけますが、騒ぐことではないような気がします。宇宙は急膨張しているという「仮説」をたて、実験データに基づいて「検証」し、静かに「反証」を待つ。これこそ科学が通ってきた道であり、真理を探求するための方法だと私は思います。

科学としてあるべき姿だと思います

佐藤機構長は、眼鏡の奥の目を鋭くさせて、こう語りました。いずれにせよ、プランク衛星の実験グループの発表が待ち遠しくてたまりません。「宇宙はどうやって始まったのか」。好奇心あふれる問いに迫る瞬間に立ち会えることに、幸せを感じます。


検証ポイント

銀河の塵の影響」が不確か
② 「r比」予想より大きすぎる
「限られた領域」から「天」

→10月のプランク衛星実験の発表により検証されるだろう

▼銀河の塵の影響の不確定性
「宇宙マイクロ波背景放射のBモード偏光を観測した」のは間違いない。
問題は何が原因で偏光したのか。
偏光の起源には、以下のものがある。
①原子重力波によるもの
②伝わってくる間での重力レンズ効果によるもの
③銀河の中の塵が発する偏光

天の川銀河の中にある塵の影響による偏光にはかなりの不確定性がある。
銀河の塵の影響が正確に分からないと、結論が出ない。
プランク衛星実験は銀河の中の塵による偏光の効果の正確なデータを公表する予定
【検証ポイント】銀河の塵の影響が不確か

▼r比が大きい
プランクは2013年、全天を観測して r=0.12以下としていた。
BICEP2の発表では、r=0.2 とそれよりも高い値だった。
検証ポイント】r予想より大きすぎる

r比(スカラーテンソル比)とは・・・
原子重力波の振幅の2乗を、原子曲率ゆらぎの2乗で割ったもの。
重力の大きさに対する相対的な重力波の大きさを表す。
スカラーゆらぎとテンソルゆらぎの比(r=P_T/P_S)
宇宙初期の量子ゆらぎでできた重力波の強さを表す。


▼観測する領域
BICEP2は宇宙の限られた領域を詳しく観測している。
プランクは全天のデータ
【検証ポイント】「限られた領域」から「全天」へ


▼コメント
「様々な観測データを組み合わせて宇宙の理解が進んでいくというのが、科学の健全なあり方だと思います」(大栗さんのブログ)


BICEP2の発表が間違いだったというわけではなく、多彩なデータがでそろうことで検証され、データの正確さにより磨きがかかっていくということ。

10月のプランク衛星実験の発表が待ち遠しい。宇宙が生まれて138億年の歴史の中で!宇宙の真理が少しずつ解き明かされていく瞬間に立ち会えて、たまらない。

▼Letters
【Abstract】
However, these models are not sufficiently constrained by external public data to exclude the possibility of dust emission bright enough to explain the entire excess signal.

私たちのモデルは外部データを十分に踏まえておらず、すべての余分な信号が塵から放出されているという可能性を排除しきれていない。

【Conclusion】
However, these models are not yet well constrained by external public data, which cannot empirically exclude dust emission bright enough to explain the entire excess signal.