福田大展

経歴

2006年 東北大学理学部物理学科卒業
2008年 東北大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了
2008年 中日新聞社(東京新聞)記者
2012年 日本科学未来館・科学コミュニケーター
2015年 プロジェクト「宙と海 - Sora to Umi -」を開始
     サイエンス・カフェ「宙と海 -Sora to Umi -」をオープン


こんにちは。福田大展です。
きちんと名乗るのは初めてですね。
白衣の調達に時間がかかり、申し遅れました。

「福田さんって一体、何者???」

先日のブログで、このように書かれたので、
「何者」なのか説明します。
ただの私の自己紹介の文章なので、気楽に適当に読んでください。

福井県で生まれ育ったこれまでの30年間を、
4つの「転機」に分けてみました。
まずは高校生のころ。大学受験のお話です。

進学

私の進路の決め方は、単純でした。
流行っていた映画への憧れです。
石油採掘のプロが、小惑星に爆弾をしかけ、軌道を変えて地球を守る。
そう。「アルマゲドン」です。

「石油王になりたい!」・・・ではありません。

スペースシャトルに指示を出す、管制塔のシーンに憧れました。
大小たくさんの画面が並び、ミッションの情報を映し出す。
頭にヘッドホンやマイクをつけた大人たちが、手に汗を握り状況を判断する。
「かっこいい!」
その瞬間、NASAで働こうと心に決め、
天文学を学ぼうと、物理への道を志しました。

就職

次の転機は、就職です。
NASAに、エントリーシートは送りませんでした。
周りの学生は、主にメーカーの研究職を受けましたが、
私は気分が乗りませんでした。
「科学で世の中を便利にしたい」と、思わなかったからです。

今まで物理をやってきた理由はひとつ。
「自然を知りたかったから」
一人よがりな知的好奇心でした。

悩んだ末に選んだ職業は「新聞記者」。
ただ、当時はまだ「科学を伝えたい」とは思っていませんでした。

宣告

次の転機は、ベッドの上から始まります。


麻酔が切れ始め、意識がぼんやりと戻ってくる。
目の前に現れた青い手術着を着た医師が、突然こう告げる。
「あなたはクローン病かもしれません」

現在の医療では治らない難病「クローン病」だと宣告されました。
一言でいうと「小腸や大腸などの消化管に潰瘍ができる病気」。
10~30歳ほどの、若者に多く発症します。

人生で初めて「死」を強く意識しました。
(結果的に、すぐに死ぬような病気ではなかったのですが。)
「残りの人生で何がしたいか」
ベッドの上で突如訪れた大型連休は、人生を考えなおす時間になりました。

「科学を伝えたい」
自然を知りたい!と思った興奮を、誰かと共有したい。
そんな想いが、あふれました。

転職

最後の転機は、転職です。
現在の職業は、某科学館の「科学コミュニケーター」です。
科学コミュニケーターとは、科学者と市民とをつなげる役割。
来館者との「対話」を通じて、“未来”を一緒に考えています。

任期は5年です。
なので、5年後は何をしているのか分かりませんが、
「書く」ことは、続けていると思います。
どこかで私の文章に出会ったら、暖かく見守ってください。

あとがき

もっと、面白おかしく書く予定でしたが、
真面目な文章になってしまいましたね。

最後に、写真の話です。
今回は「白衣」を来ましたが、
これまでの人生で馴染んでいる衣装は、
赤いふんどし「赤ふん」です。
Rikejoのサイトには馴染まなさそうなので、
載せるのはやめておきます。